エレベーター・インフェルノ①

狭いエレベーターの中で


黒チャイナドレスで横向きの四つん這いになっている
しずくは、秋になって人が空いたのを見計らって、近所のスポーツセンターのプールに通い始めた。

利用料金の割には、とても立派な施設だからか、夏の間は大変混んでいた。
平日の早朝はご年配の方、休日は一日中、子供やカップル、平日の夜は会社帰りの人で混んでいた。

いつの時間帯がすいているのかいろいろ行ってみたが、いつも混んでいた。

それが秋になったら、まったく人がいないわけでもないけれど、快適に泳げる程度には人が減ったのだった。

しずくは、スポーツとダイエットに関するブログをやっていて、今度、水泳ダイエットについて書きたいと思っていた。


クロールで1回、背泳ぎで数回、気持ちよく往復したあと、しずくは一度、プールを上がった。

いつもはプールに来たら、休みなしで2時間でも3時間でも泳ぎ、一切プールからは出ない。

しかし、今日はちょっと気になることがあったからプールからあがった。

ふと自分の手首をつかんだら、なんだか、朝より明らかに細くなったような気がしたのだ。
しずくは、下半身のシェイプアップのためにプール通いをしているのに、すぐ上半身がシェイプアップされてしまうので困っていた。

上半身はこれ以上やせたら困るのに。

そこで、ビート板を使って、もう腕は使わないで足だけで泳ごうと思って、プールを一度あがったのだった。


ビート板の積んである場所に向かう途中で、結構、長い距離、プールサイドを歩いた。

そのとき、自分をじっと見ている人がいることに気が付いた。

「やーね。もう」と思ったけれど、そんなことを気にしていてはプールになど来れない。

しずくは、ビート板を手にすると、すぐにまたプールに向かった。


少し、プールサイドを歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あの失礼ですけれど。もしかしてシルクさんですか?」


しずくは心臓が止まるかと思った。


『シルク』とは、しずくのブログでのペンネームだ。

しずくは、日々の生活の日記や、スポーツの体験記やダイエットの記録などを中心にブログに書いていたが、ときどき自分のエッチな体験なども書いていた。

エッチなことも書いてあるので、知り合いに自分が書いているということがばれないように、文章にはフェイクを入れて、画像も部屋や風景などは一切、載せないことにしていた。

ブログにうかつに載せた部屋や風景の写真から、誰が書いているのかわかってしまうこともあるからだ。

しずくは、部屋も家具も顔も一切、ブログに載せていない。

しずくのブログで、唯一身元がわかってしまうのは自分の体だけだった。

スポーツによるダイエット効果を示すために、しずくは自分の首から下の体の画像をよく掲載していた。

しかし、レオタードや洋服などはいっさいまとわなかった。いつも裸の写真を使っていた。

これも、着ている物から身元がばれたブロガーがいることを知っていたからだ。

そう、しずくは決して、自分のボディ自慢や、集客のために自分の裸の写真をブログに載せているのではない。洋服を着ると身バレすることがあるから着ないだけだった。

でも誰かが、自分のペンネームを呼んだ。

しずくは、心臓の鼓動を抑えながら、ゆっくりと後ろを振り向いた。

男性が立っていた。

「失礼ですが。間違いだったらすいません。・・・・あなたが、知り合いのシルクとさんいう人に似てらっしゃったもので」
とその男性は言った。


しずくはなんと答えようかと迷った。


この男性の知り合いに本当に、”シルク”さんという人がいるのかもしれない。

まさか、しずくの水着姿から、自分をシルクだと見抜く人がいるなんて考えられない。


「・・・・」

なんと言っていいか、無言で、男性の顔をしずくが見つめていると、男性が言った。

「やっぱりシルクさんなんですね。あなたの写真はよく見ているのですぐにわかりました」

すぐに否定しなかった態度でわかってしまったようだった。

「でも、声をかけちゃいけなかったですね。・・・・・・・・じゃこれで」
と言って、男性は去ろうとした。


「ま、待ってください。」

思わず、しずくは男性をひきとめた。

こんな機会はまずない。
ちょっと自分のブログの読者と話がしてみたいと思ってしまった。


お茶でもしようと言うことになり、着替えたら、プールの受けつけの前にあるちょっとしたスペースで会いましょうということになった。


プールから上がり、二人は落ち合うと、出口のある一階に向かうエレベーターに乗った。


エレベーターの中でしずくは前置きした。
「私、いろいろ、エッチなことをブログには書いているけど、実はそんなに大胆な人間でも、その・・・あの・・・おもしろい人間でもないんですよ。」


「わかりますよ。根は真面目な人なんだろうなって伝わってますよ。あなたのブログはほとんど読んでいますから。わかります」
と男性は言った。

私を真面目な人間だと思ってくれるなんて嬉しい・・・。としずくは思った。


もしかしたら、そばにいて実際に会っている人間よりも、匿名で正直に心情をつづったものを読んでくれている人のほうが、自分のことを知ってくれているのかもしれない。かっこつけない本音を書いているから。

そういう人と、少しだけしゃべってみたくなって、しずくは男性をお茶に誘ったのだった。

もうすぐ地上階につくというところで、少し、エレベーターが揺れたと思ったら、急に止まった。


「えー??どういうこと??」としずくが言った。


地震でもあって緊急停止したのだろうか。


男性はスマートフォンを見ると言った。

「震度4の地震があったみたいです」


「少し待ってみましょう」

しかし、いくら待ってもエレベーターは動かなかった。


階数のボタンをあちこち押しても、緊急呼び出しボタンを押しても応答がない。


エレベーター内に表示されている会社に男性は電話をかけてみた。

すると、このエレベーターは建物の3階と4階の間で止まっているらしいことがわかった。

本来は、地震時には、一番近い階まで人を運び、そこでドアを開けてから停止するしくみになっているらしいが、なんらかの不具合で動かなくなってしまったらしい。


しかし、そのエレベーター会社は他の多くのビルのエレベーターも調べにゆく必要があり、ここには3、4時間後までには必ず救出に来るので、それまでは待ってほしいということだった。


「3,4時間~???!!!」
男性の話を聞き終わる前にしずくは叫んだ。

「助けて!!無理!!」
と叫ぶとしずくは、座り込んだ。


男性は思い出した。

「そう言えば、ブログにもひどい閉所恐怖症って書いてありましたよね。」

「そうなの。閉所恐怖症なんです。無理です。こんなところに何時間もいることは」


しずくは、目をつぶってうずくまったまま、自分を抑えるような苦しそうな声でそう言った。


「確か、幼いころに狭いところに閉じ込められたことがあってトラウマになったとか、エピソードを読んだ記憶がありますよ。」
と男性は言った。

「読んでくれていたの?」

「もちろん。あなたの書いたものはほとんど読んでいますよ。
あ、そうだ。
大きくなってから一度、飲食店でのバイト中にも、業務用冷蔵庫の中を整理しているときに閉じ込められて、半狂乱になって救出されたとか。・・・・あの話も壮絶でした!」
と男性は言った。


「そうなの。たぶん無理。あと5分も我慢したら私、半狂乱になると思う」
としずくは言った。


エレベーターに一緒に閉じ込められたのが、自分のことをよくわかっていてくれる人でよかったとしずくは思った。
・・・いや、よくない。
事情を知っている人がいようといまいと、あと少しで自分が悲鳴をあげて騒ぎ出すことがよくわかった。

「狭いところにいると気が狂いそうになるの」

「大丈夫ですか?落ち着いて」

しずくは立ち上がると、エレベーターのボタンをあちこち押し始めた。
「なんで開かないの?なんで開かないの?」

男性はどうしたらいいかわからず、立ち尽くした。

「発狂しそう!!大声を上げそう!!」
としずくは、もう大声を上げていた。


男性は考えた。
大声をあげさせたほうがいいのか?
そのほうが気持ちが発散されて、楽になるのか?

それとも、逆かも?
自分の大声に触発されて、ますますおかしくなってしまわないか?
なんとか落ち着かせたほうがいいのか?

どうしたらいいのか?



「そ、そうだ。これを飲んで落ち着いてください」
男性は自分の鞄からペットボトルを出して、しずくに飲ませた。

しずくは目をつぶって、静かにごくごくと二口ほど水を飲んだが、目を開けるとまた叫んだ。

「無理ーっ!!!
出して出して出して!!」


そうだ。音楽はどうだろう。

男性は、自分のスマフォのから一番、ゆったりのんびりした曲を選択して音楽を聞かせてみた。


数秒、それを耳をすませてきいていたしずくだったが、すぐに
「だめーっ!!。逆にその静かな音楽にあせらせられるうーっ!!」
と叫んだ。


「狂う!狂う!!助けて!助けて!!出して!」


よし!わかった。

最後の手段だ。

男性は荷物の中からバスタオルを出すと、エレベーターの床に敷いた。そして、自分のジャケットをぬぐと、それもバスタオルの上に重ねた。


しずくには、そんな行動は全く目にはいらず、エレベーターの扉にしがみついていた。

扉を狂ったようにどんどん叩き始めたしずくを男性は後ろから抱えた。


「落ち着いて。
ここにいることを忘れましょう。」
しずくを後ろから抱えながら、男性は言った。

「こんなとこにいることを忘れましょう。」


しずくは男性のほうに振り向いて、
「地獄よー!エレベーター地獄よー!助けて」
と懇願するような涙目で訴えた。

「わかりました。ではエレベータ-天国にしましょう」
と男性は言った。


男性はしずくを抱きしめて、体をさすった。


そして、先ほど、下に敷いたたジャケットの上にゆっくりと、しずくを寝かせた。

-------続く--------
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