殺されたかった女③
浴衣ではしゃぐ40女

前回までの話はこちら➡殺されたかった女① ②
零子が死んだという連絡を受け、関西にいた零子の息子は東京にやってきた。
綺麗な浴衣で、買ったばかりの履き慣れない下駄で、りんご飴を持って死んでいた零子。
多量に飲酒していることもわかった。
息子は、生前に零子が期待していたセリフを口にした。
「あー!あー!
母さん、なんてバカなんだ!」
そして息子は泣いた。
「いい年して、お祭りとかそういうので、すぐにはしゃぐんだから!!
僕が小さい頃は、散々あの夜祭りの混雑には気をつけろって言ってたくせに!」
零子の死は、単なる事故として片付けられつつあった。
しかしだった。局面が変わった。
息子が、通夜にやって来た高岸と会ったのがきっかけだった。
”通夜振る舞い”の席で、近所の人たちの集まるテーブルの後ろで、零子の会社関係の客の相手していた息子は、高岸の話に耳を止めた。
高岸は、ご近所のご隠居二人と話をしていた。
「なんか僕の叔父が亡くなった時を思い出しちゃいました」
ご隠居さん二人のうち、マジメそうなご隠居さんの方が悲しそうに言った。
「ああねえ。
あなたの叔父さんね。
あのときも驚いたねえ。
まあ、ご病気もあったけど、出張に行く前には元気に、『北海道土産、何がいいですか~』なんて言ってたのに、もう帰って来なかったんだもんねえ」
もう一人のなんだか軽い感じのご隠居は、通夜振る舞いのお酒に酔っていた。
「高岸さんが亡くなって、甥のあんたがあのお家に引っ越して来た。
あれから何年だね?
あんたもすっかりこの街の住人になったねえ。
高岸さんのワンちゃんも、今やすっかりあんたをご主人と認めてるし」
と明るく言った。
高岸は、
「実は、叔父が亡くなったあのとき、僕の兄の家業は大変だったんです。
兄の事業は、倒産すれすれのピンチでした。
病気の叔父が少し早目に自ら命を絶って、僕たち兄弟に土地や家お金を残してくれたのではないかと思っちゃいました」
と、言った。
マジメそうなご隠居は、
「そうなの?」
と、優しそうな悲しそうな顔で言った。
軽そうなご隠居は言った。
「今なら言えるけど、俺なんて一瞬あんたのお兄さんが叔父さんをやっちゃったかと疑っちゃったよ」
マジメなご隠居は、
「ばか!!」
と言って、軽薄なご隠居の頭を、軽く叩いた。
そしてマジメなご隠居は、高岸に向かって、
「ごめんね。こいつバカだから」
と言ったあと、
「今回も悲しかったね。
あなた、零子さんとも随分親しそうだったから。
寂しいねえ」
と、労わるように言った。
そこで、軽そうな方のご隠居は、また軽口を叩いた。
「君、零子さんに憧れてたんじゃないのお~?
狙ってたんじゃないのお~?」
高岸は、少し考え込んだように黙ったあと、二人のご隠居に向かってこう言った。
「僕、実は零子さんに叔父の話をしたことあったんです。
叔父が不思議な死に方をして、僕ら兄弟に遺産を残してくれた話。
それで、もしかして零子さんは、叔父の真似をしたんじゃないかな?
とかちょっと思っちゃって」
零子の息子は、他の客にお酌をしながら、この三人の会話に耳をそばだてていた。
高岸が通夜振る舞いの席を立ったときに、零子の息子は高岸を追いかけた。
「待ってください!」
高岸は足を止めて、零子の息子の方に振り返った。
「ちょっとお話をさせてください!」

零子の息子は、零子のマンションの部屋に高岸を招き入れた。
高岸は自分の家で零子を抱いたことはあったが、零子の家の中に入ったことはなかった。
「高岸さん。
あなたは、母と親しかったんですね?」
リビングに高岸を招き入れた息子は、そうたずねた。
照れながら、困ったように高岸は言った。
「え~。
親しかったというか、よいご近所さんでした。
朝の犬の散歩のときに、ジョギング中の零子さんとは、よく立ち話をしました」
照れなれがら、
「えっとお〜、一回だけご飯を一緒にしたこともあってえ・・・」
と高岸が続けていると、息子はその話にはあまり気をかけていない感じで、何やら急に忙しく、リビングにあったサイドボードの中を探し始めた。
息子は、サイドボードの引き出しをガサガサさせながら、
「僕は、最初、おっちょこちょいの母が、お祭りではしゃいで死んでしまうことはあり得るなあと、すっかりそう思ってました。
ですので、母の遺品にちょっと気になることがあっても、死には関係ないと思っていました。
でも、今日、あなたの叔父さんが殺されたかもしれない(注・それ軽いご隠居の冗談なんだけど)、のお話を耳にしてから、僕は何だか胸騒ぎがしてきました」
と言った。
サイドボードの中から息子は、一冊のノートを取り出した。
そして、ページを何枚かめくって、ノートの最後の方を開き、高岸に見せた。
「な、なんですか?」
高岸がそのノートのページを見ると、それは日記のようだった。
7月31日
久しぶりにあいつから、誘いの電話が来た。
何のつもりなのよ、いまさら。
もうきっぱり別れたはずでしょ?
別れるときには、最後には『おまえを殺したい』とまで言ってたくせに。
何なのよ。いまさら。
ああ、でも私は弱いわ。
嬉しいような憎らしいような。
久しぶりに会ってやるわ。
でもいい返事はすぐにはしない。
2週間くらい待たせて、直前になってから返事してやるんだから。
ああ、でも私はきっと、当日はウキウキと着飾って、憎いあいつに会いに行ってしまうのだろうなあ。
息子は言った。
「母には、別れたばかりの恋人がいたようです!
そしてお互いにまだ未練があった男!」
高岸は、慌てて首を振った。
「ぼ、ぼくじゃありません!
ぼくじゃありません!」
息子は、すかさず、かぶせぎみに言った。
「高岸さんのことは、全く疑ってませんから」
高岸がズッコケると、息子は続けた。
「日付を見てください。
この日記は7月31日。
母が死んだお祭りは、8月20日。
2週間待たせて、直前に返事って、なんかちょうど合ってませんか?」
高岸は、気を取り直すと指を追って数えた。
そして、リビングの壁にかけてあったカレンダーを見て確認した。
「ああ!
零子さんは、この日記に書かれた男にお祭りに誘われたんじゃないかと?」
「うちの母は、一人でプールに行ったり、一人でコンサートに行ったり、一人で行動するのが好きでしたので、あの夜祭りの日も一人で行ったのかとすっかり思いこんでました。
僕の中学時代の先生が、お祭りで母と挨拶を交わしたとそうなんですが、そのとき一人だったと言っていたし」
高岸は息子の顔を見つめた。
息子は言った。
「でも違ったんです!
きっと、母は、この別れた男と祭りに行って殺されたんです!」
高岸が震えながら、
「ほ、他に日記には、て、手がかりのことは書いてないの?」
とたずねると、息子は首を振った。
「いいえ、この日記には、会社の愚痴と、ダイエット記録がたくさん書いてあって、他には僕宛てに生命保険のことや、銀行の貯金通帳がどこにあるかなどの事務的なことがたくさん書いてありましたが、他には男のことは書いてありませんでした」
息子は溜息をついた。
「母は多分、パソコンの方で自分のスケジュール管理をしていたと思うのです。
それを見れば何かわかるかもしれない。
パソコンの中にはメールのやり取りなどもあるかもしれない。
でもパソコンは壊れてしまっていて、中が見られないのです。
スマホもロックがかかっていて見られないし」
そこで高岸は力強く言った。
「息子さん!
警察の手を借りましょう!
パソコンの復元や、スマホや家の電話の履歴なども調べてもらいましょう!」
高岸はこうも言った。
「そうだ。
零子さんは運動神経がいいんです。
そうでしょ?
毎日ジョギングをしていましたし、毎週水泳もやってました。
履き慣れない下駄だとはいえ、混雑の中で転んで頭を打つというのは、今考えると確かにおかしいかもしれない」

零子の息子と高岸の訴えで、警察が動き出した。
真実としては、闇サイトのジャム山が、零子自らの依頼により零子を殺したというのに、息子と高岸の中では、”別れた恋人・殺人犯説”が有力となっていった。
警察は、パソコンや電話の履歴を調べてくれることになった。
いや、すぐには調べてくれなかった。
息子と高岸がいろいろ調査を始めたことにより、警察は慌てて動きだしてくれたのだった。
高岸と息子はこんな計画を立てた。
「息子さん。
僕は、零子さんから、最近毎週水泳をしているという話をきいたことがありますが、どこのプールだと思いますか?
そこで男と会ってたんじゃないかな?」
「高岸さん。
母は、昔から区民プールが大好きでした。
僕が子供のころよく連れて行ってくれたし、僕が大きくなってからは、ときどき一人で行ってたし」
「わかった。
私が、区民プールに聞きこみに行ってみます。
あなたは零子さんの仕事関係の聞きこみをお願いします」
と高岸は言った。
高岸と息子は、零子を殺した犯人をつきとめることに燃えていた。
高岸は、零子の写真と、息子が零子の家のタンスから探し出した、『ピンクのビキニ』と『緑色のビキニ』を持って、区民プールに行ってくれた。
区民プールに行く前の夜には、高岸はそのビキニをおかずに、ちょっとオナニーをしてしまったが。
区民プールで零子のことをたずねても受付の人は、
「すいません。
よくわかりません」
としか言わなかったので、高岸は水着に着替えて、自らプールサイドに向かった。
そして、プールサイドの監視台に座っていたプールの監視員に話しかけた。
「この水着を着ていた女性についておうかがいしたいのですが」
高岸が持って来た零子のピンクのビキニとグリーンのビキニを見た監視員は、
「うーん。僕は週に一回しか、このプールでの仕事をしてないのでよくわかりません。
見覚えありません」
と言った。
そこで、監視員の交代の時間になったようだった。
別の監視員がやってきた。
高岸は監視員にお礼を言って、その場を数メートル離れた。
監視員同士で、何か引き継ぎがされていた。
それが終わるのを待って、高岸は、新たにやってきた監視員に同じことをたずねた。
「この水着を着ていた女性について、あなたが知っていることを教えてください」
新しい監視員はこう言った。
「ああ。
この方、見かけるときはいつもお一人でした。
時間制限の2時間いっぱい泳ぐことに夢中でしたよ。
でも、少し前から泳がないで、プールサイドに座っておしゃべりばかりされてましたね。
どうしたんだろう、体調でも悪いのだろうかと思ってました。
中年のお客さんにはそういうことよくありますし。
最近は来ないし、やっぱり体調を崩されたんだろうなあと思ってました」
高岸は叫んだ。
「誰と??!!!」
監視員は聞き返した。
「何が?!」
高岸は監視員に再び、きちんとたずねた。
「この女性は、プールサイドで誰とお話ししていたんですかっ?
どんな人と?」
監視員は答えた。
「プールサイドでおしゃべりされていたのは、男性のお客さんでした。
でもお連れの人じゃないですよ。
別々に来たし、別々に帰って行ったから」
「その人が怪しい!」
一方、息子は、母親が会社で使っていたパソコンを見せてもらうことができた。
その中にあったスケジュール表も見ることができた。
お祭りの日には、大きな大きなハートマークが書いてあった。
その数日前にもハートマークがあり、「あいつに返事する♡」と書いてあった。
次回最終回に続く
➡殺されたかった女④

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