殺されたかった女②
ピンクのビキニの40女

前回までの話はこちら➡殺されたかった女①
高岸と零子が知り合ったのは、近所の散歩中だった。
高岸は犬の散歩、零子はジョギング&ウォーキングをしていた。
朝、道で何度かすれ違ううちに、会話を交わすようになった。
そしてある時、夜、最寄りの駅でバッタリ会ったときに二人は飲みに行ったのだった。
お互い、普段は見なれないスーツ姿だった。
「いや、かっこいいですね。高岸さん」
「はは、いつもヨレヨレのトレーナー姿とボサボサの頭しか見せてませんものね。
でも零子さんのランニング着はいつもかっこいいし、スーツ姿も素敵ですね」
「うふふ」
そして、二人は駅前の居酒屋に行った。
少しだけ話をするつもりだったのだが、なんだか楽しくて、飲みすぎてしまって、ついついそういう関係になってしまった。
高岸の小さな家でセックスをした。
でもそれだけ。
後は、また朝の散歩で会話を交わすだけの、いい友達というか、よいご近所さん関係のままだった。
高岸は、またいつかセックスすることを期待していたけど、あまりに零子がさっぱりしていて、男女の仲の雰囲気というよりも、あまりにフレンドリーだったので、グイグイいけなかった。
それに零子には男がいるような気がしていた。
飲みに行ったときも、高岸の家でも、零子の携帯には何度か電話がかかってきていた。
高岸の前では、零子は一度も電話に出ることはなかったけど。
「いいの、いいの。
ほっておいていいんです」
と、言って。
高岸は、またいつかワンチャンの淡い期待をしつつも、よいご近所さん関係を続けた。
***************
さて、零子が闇サイトで知り合ったジャム山。
ジャム山は零子に頼まれた仕事に着手していた。
家で机に向かって『不自然でない事故死』のシナリオを考えていた。
ジャム山は、机の上でノートを開いた。
「なかなか厄介だな~」
ボールペンを持ったジャム山は頭を抱えた。
(野外で事故死だろ?
それも自然に?
誰にも迷惑かけずに?
じゃあ交通事故とかはダメだな。
そもそもあの女は運転はしないと言ってたし。
あ~あ、室内での事故死なら、比較的簡単なんだけどな~。
ガスによる一酸化炭素中毒とか、睡眠薬を間違って飲みすぎとか、風呂場で滑って頭を打つとか。
あの女は、俺を自分の家には入れたくないんだろうな。
または、自分の家を汚したくないんだろうな。
子供に綺麗な状態で残したいのかもしれない。
まあ、俺も自分に足がつくのは困るので、俺にとっても野外の方が安全とは言えるけど)
ジャム山はボールペンを机に置き、腕組みをして考えた。
そして思いついた。
(零子は、毎週、区民プールに行く。
それにあの派手な水着だ。
零子が水泳をするということを知っている人は多いだろう。
どうだろう?こういうシナリオ。
プールで泳ぐことに飽き足らず川で泳ぐことにチャレンジしたくなった零子は、ある日、近所の川に入ってみる。
そこで溺れて死ぬ。
区民プールからそう遠くないところに、綺麗な河原の大きな川があったはずだ)
でも、そこまで考えたジャム山は、頭を振った。
(ダメだ。
40歳のお嬢さんの要望は、”なるべく苦しくない死に方”だったな。
溺死は、それこそ死ぬほど(?)苦しいもんな)
ジャム山はノートを閉じると、パソコンを立ち上げた。
(ダメだ。俺の頭じゃ思いつかない。
過去に実際にあった事故死の例を参考にしよう!)

インターネットを色々検索しているときに、ジャム山は思った。
(事故死を装った殺人や、自殺を装った殺人って結構あるんだな~。
今回は、逆?なわけだけど。
自殺を隠した事故死だもんな)
もうしばらくネットを検索してから、考えた結果、ジャム山は結論を出した。
ジャム山は独り言を叫んだ。
「過失致死だ!
過失致死がいい。
零子は、損得関係ない無関係な人間にやられる。
そうだな。
出来たら、複数の人に意図せずにやられたような形にする。
なんかの弾みで、転がされて頭を打って即死。
過失致死を装った自殺!!」
ジャム山は思った。
(実際は殺人犯はいないわけだから、誰にも迷惑はかからないだろ?
いや厳密には警察には迷惑をかけちゃうかもしれないけど)
*******
次の水曜日ジャム山が区民プールに行くと、この日の零子はピンクのビキニだった。
この日は曇りだった。
曇り空は、零子の顔の肌の色を暗く見せた。
(あ、この前はすごく若いと思ったけど、やはり年相応だな)
と、ジャム山は思った。
ジャム山がノートに書いて来た”事故死のシナリオ”を零子は読んだ。
●舞台=8月に行われる『区の夜祭り』
いつも激しく混雑するし、混雑する場所は時間の経過によって移ってゆく。
神輿の移動に見物人はみんなついてゆくから。
●死に方=祭りの一角の騒ぎの終わった場所で、倒れて死んでおく。
混雑時に誰かに押されて滑って倒されて、頭を打った体(てい)で。
●零子さんの服装=派手な浴衣を着て、履きなれない、買ったばかりのメチャクチャバランスを崩しやすい下駄を履いて、手にはりんご飴を持って楽しそうな恰好で倒れておく。
●祭りの翌朝には、街の者みんなで清掃作業などをするので、そのときまでに死体は発見されるはず。
零子は感心したような、面白がるような声をあげた。
「へ〜え!」
ジャム山は説明した。
「あの祭りは夜だし、場所によってあっという間に激しく混んだり、急に人がいなくなったりする。
例えば、あの祭りのスタート地点を知ってますか?
平素は、ものすごく寂しいところにある祠ですよ。
そこに神輿が祭ってあるから。
その場所付近は、お祭りの開催直前だけは大混雑だが、数分で誰もいなくなってしまう。
見物人たちは皆、”おみこし”の移動について行ってしまうからです。
そのスタート地点に近いどこかで、人々が去ったところで、あなたは思い切りすっ転べばいいだけ」
零子は、
「ふーん。まさか、近所で死ぬシナリオとは驚きだわ」
と言った。
「人里離れた山のようなところで死ぬよりも、こういう都会で人に紛れた方が、案外怪しまれないのではないかと思いまして。
あ、あとそうだ。
お酒もたくさん飲んでおいてください。
あなたは、お祭りでお酒を飲み過ぎて、人々の波に押されて、慣れない下駄で足元をとられたという設定」
「でも、これ、お祭りの運営者さんに迷惑かからないかしら?
危険な祭りだと言われて、お祭りの運営サイドが、警察や世間に叩かれたりしないかしら?
それは申し訳ないわ」
ジャム山は、答えた。
「多分、大丈夫です。
私は調べました。
この夜祭りでは、実は定期的に人が亡くなっている。
20年前は混雑で2人が圧死。
これは大問題になり、すぐに対策がとられたようです。
7年前は、酔っぱらい同士の喧嘩で一人が死亡。
5年前は、祭りではっちゃけた人が、浮かれて河に飛び込んで溺死。
近年は、混雑自体が原因で人が亡くなったことはないんです。
最近の死者は、はしゃぎ過ぎたバカなご本人自身の問題と結論づけられている」
「私はお酒を飲んで自分ですっ転んで、地面かどっかに頭を思い切り打ちつけるの?
それ難しいわあ。
そこはあなたは手伝ってはくれないの?」
「私が零子さんを突き飛ばすとか、そういうことですか?
いや、それはできません。
そこまでやると、私は”自殺ほう助”罪になってしまう。
(いや、今でも充分、”自殺ほう助”の疑いアリだと思うけど?)
大丈夫ですよ。
うまく死んでしまう転び方のコツを伝授しますよ」
「ええええ。
そんなの私一人でできるのかしら?」
「自信ないですか?」
と、ジャム山は言った。
実は、ジャム山は腹をくくっていた。
危険を冒してもいいと思いつつあった。
零子は気前がいい。
金払いがいい。
零子は気前がいいし、フワフワしてどこか浮世離れしている。
フワフワしてて気前がいいからこそ、この女性は自分の商売を潰してしまったんだと踏んでいた。
ジャム山は言った。
「あなたの死に直接私が手を出すのは、私にとってもかなりリスクの高い行動だ。
あと500万円くださったら、話は別ですが」
零子は、来週まで考えさせてくれと言った。
「わかりました。
また水曜日にこのプールサイドに来ます」
そうジャム山は言った。
そして足がつかないように、零子の手からノートを取り上げて帰って行った。
翌週のプールサイドでは、零子はジャム山に500万円を渡すことを約束した。

ジャム山と零子の計画は実行された。
そして成功したかのように見えた。
上手く言った。
零子の死の瞬間は誰にも目撃されることはなかった。
しかしだった。
零子はとんでもない物を残してくれていた。
とんでもないものを家に残していた。
亡くなった零子の家には、警察が家宅捜索に入ったのだった。
いや、本来は警察が家宅捜索に入る予定はなかった。
零子の死は、簡単な事故死ですまされつつあったのだ。
しかし、突然、事件性をうったえだした人物がいたのだった。
それは、零子の息子と、高岸だった。
次回に続く
➡殺されたかった女③ ④
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