生き残った三軍選手たち②
毒ガス事変後の変化

前回までの話➡生き残った三軍選手たち①
●●●●年、国を襲った三つの火山爆発と人工物の合わせ技による有毒ガス。
このガスによる被害者は、不思議なことに①強じんな肉体を持つ身体能力の高い人②美人③美声の持ち主たちだった。
国と火山学者や化学の研究者、あるいは医者たちが、毒ガスの成分や症状のあった人などについて分析をすすめる中、ネット民の一部の中では、変な”陰謀論”も持ち上がっていた。
『誰かが意図的に火山を爆発させた』
『いや、工場の方が問題なんではないか?』
『国の北西部には、●×人が多く住んでいる。その陰謀ではないか?』
『南東部の火山のそばには、△■社の研究所がある。何か怪しくないか?』
『我が国の首都壊滅を狙った□●▲国軍のしわざではないか』
もちろん、そんな荒唐無稽な説は、多くの国民には一笑に付されたが。
******
大好きだった学校の先生三人を失くしたタケシ君は、毎日、元気がなかった。
お父さんとお母さんは心配した。
なんとかタケシ君を元気づけようと考えた。
「プロ野球もやっと開幕の日程の目途が立ってきたぞ。
開幕戦は休日だ。
アナコンダズの試合を見に行かないか?」
とお父さんはタケシ君を誘った。
タケシ君は思った。
お父さんには、休日のプロ野球観戦は料金が高いからダメといつも言われていた。
そして平日は、ラグビー部の練習やら、何やらがあるから見に行けないし。
最後にプロ野球観戦に連れて行ってもらったのは、ずうっと前だった。
タケシ君もお父さんの影響でアナコンダズが好きだった。
でもアナコンダズの中で、とりわけ好きだった犬田選手も今回のガスで亡くなっていた。
「行かない。
お父さん、僕に気を使わないで」
とタケシ君は、力なく答えた。
そのときお母さんが、すかさず口を挟んできた。
お母さんは、もっと奮発することを決意した。
「バックネット裏の席でも?」
タケシ君は、ハッとしてお母さんの顔を見た。
タケシ君は、料金の高いバックネット裏で野球を見させてもらったことは人生で一度もなかった。
タケシ君が少し釣られてきたのを見て、お父さんは、強い口調で言った。
「犬田がいなくなった今、俺たちファンが、アナコンダズを応援しないでどうするんだ?」

毒ガスにより、マキマキ子はじめ、多くの美人女優と、美声歌手を失った芸能事務所の社長は、整形美人のK子ちゃんと、ほとんど知名度ゼロの若いアリスちゃんの二人だけのタレントでやっていかなければならなかった。
毒ガス被害のあと、しばらくは、亡くなった女優や歌手たち思い出の映像、思い出を詰めて新しく作成したアルバムなどが売れていたが、そこに頼ってばかりではいられなかった。
ここの事務所のスタッフは、大勢いた。
社長は今後もこの人たちを養っていかなければならない。
社長はとりあえず、そこそこ売れていたアイドル歌手のK子ちゃんをメディアにたくさん出して語らせた。
「事務所の大先輩たちが亡くなって、私はとても悲しいです」
メディア側のインタビュアーは言った。
「K子ちゃん、あなたが大先輩たちの意志を継いで頑張ってくださいね」
K子ちゃんは涙を流しながら、言葉をしぼりだすように言った。
「私なんて、とても微力で・・・・・・
でも・・・でも・・・先輩がたが教えてくださったたくさんのこと。
それは忘れません。
先輩方がくださった財産だと思ってます。
私も、少しずつでも、自分のできることをやってゆきます」
この朝のテレビの情報番組を見ていたタケシ君のおばあさんは、涙をぬぐった。
「いい子ね」
そしておばあさんは、涙を拭きながら、天井を見上げ、マキマキ子に向かって祈った。
「天国にいるマキマキ子さん、あなたの後輩も育っているわよ。
K子ちゃんて今まで知らなかったけど、とっても綺麗な子ね。
あなたの若い頃にとても似ているわ。
これからは私は応援するわよ」
そんな純粋なファンもいたが、しかし、ネット上では意地悪なネット民が、噂をしていた。
『前からチラホラあったK子の整形疑惑、確定だね』
『そーだよ。だって生き残ってるもん』
『今回の毒ガスは、整形してるやつを炙り出すリトマス試験紙だったわね』
*******
アナコンダズの試合を特等席で見に行けることなったタケシ君は少し元気になった。
「そうか。アナコンダズを応援してあげないといけない」
それに、その日タケシ君が学校に行くと、他によいニュースもあったのだ。
タケシ君の中学の隣には、壁を隔てて、系列の高校の敷地があった。
そっちの高校のP先輩が、テレビのドラマにレギュラーで出演するという話で中学校は持ちきりだった。
タケシ君の通う中高一貫校は、名門だった。
親御さんの中に有名人もチラホラいた。
P先輩の親御さんは、有名なベテラン俳優だった。
そのつてで、数年前P先輩も単発のドラマでいくつかの端役をやったことがあった。
しかしあまり人気が出なくて、P先輩は最近は芸能活動を全くしてないように見えた。
P先輩は、イケメンと言えばイケメンだが、ちょっと昔風のイケメンで、今時の若い子にはあまり受けなかった。
しかし今回の毒ガスで、今時のイケメン若手俳優もたくさん亡くなってしまったようで、P先輩にお鉢が回ってきたようだった。
タケシ君の中学のクラスメイトたちは、楽しそうに話していた。
「P先輩のドラマ楽しみだね!」
*****
タケシ君が元気になって来たのでお母さんは安心して、久しぶりにある日の午後、ママ友とお茶をしていた。
そのママ友は、カラオケが上手くなりたいがために、”プロが教えてくれるボイストレーニングの教室”に通っていた。
ママ友は、タケシ君のお母さんに言った。
「うちの先生が現役復帰しちゃうらしいの。
困ったわ。
お教室はどうなっちゃうんだろ?
閉まっちゃうかも」
「え?
どういうこと?」
ママ友さんは語った。
「うちの先生、前はプロ歌手で2、3枚だけCD出してたでしょ?
ここ数年はすっかり現役引退して、私たち素人を指導する仕事をしてくれていたのに。
でも、昨日、急にどこかのレコード会社からオファーがあって、プロ歌手に復帰しちゃうらしいのよ」

(ハカのポーズ)
タケシ君の部活のラグビー部の顧問の先生は、今は美術の教師だったが、昔ラグビーでいいところまで行った人だったし、強じんな肉体を持っていた人だった。
彼も毒ガスのターゲットになり亡くなってしまっていた。
美術の先生は学校に他にもう一人いらっしゃったので、そっちの授業はその先生のフル回転で何とか対応できていた。
しかし、急に三人もの教師の死者を出したこの学校では、ラグビー部の顧問の後釜になってくれる先生は、なかなかいなかった。
学校は人出不足で、亡くなった体育の先生が顧問をしていた体操部と、亡くなった音楽の舞子先生が顧問をしていたコーラス部は休部したほどだった。
しかし、ラグビー部については、しばらく顧問なしのまま、週三回の練習を校長先生と教頭先生が、代わる代わる交代で見てくれた。
見てくれたというより、指導は全くなしで、というか指導はできなくて、校長と教頭は、ただグランドに立って部員たちの安全だけを見守ってくれた。
練習はキャプテンたち三年生の生徒の主導によって進められた。
校長先生や教頭先生はそれをニコニコ眺めていたり、ときには熱く応援したり、ときにはご自分の感じた疑問について、キャプテンに質問したり、大人の目線で危険なことについては注意したりしていた。
練習のあと、ロッカールームでキャプテンが、タケシ君たち下級生に話してくれた。
「校長先生はおっしゃってた。
こんなことがなかったら、今まで運動部を見にくることなんてなかった。
よい経験ができたってさ」
副キャプテンも言った。
「教頭は、自分は運動音痴で昔からスポーツに関わることができなかったけど、実は密かにラグビーファンだったから、今、僕たちに関わることが出来てすごく嬉しいって言ってたよ」

(ハカのポーズ)
アナコンダズの三軍だった山村が一軍に上がれたことを、彼女のビビちゃんはとても喜んだ。
山村自身も、嬉しかったけど、少し戸惑っていた。
亡くなった犬田先輩の代わりに自分が頑張ろうと、熱く燃える気持ちももちろんあったが。
あまりにもビビちゃんが喜ぶので、山村は、自分の中にあった”迷い”を口にした。
一軍の練習に参加してから一週間後のことだった。
山村がビビちゃんのマンションに行くと、ビビちゃんが、居間のテーブルに大きな白いお皿にケーキを用意して待っていたのだ。
白いお皿の余白には、『一軍昇格おめでとう』と、チョコレートで書かれた文字があった。
それを見て、何となく山村はイラッとした。
自分の中の”迷い”に気づき、イラッとした。
山村は言った。
「そんなに、はしゃがないでほしいな」
山村のその言葉にビビちゃんは驚いた。
山村は、ビビちゃんに強い口調で言った。
「自分より上の人がいなくなったから、ただそれだけで俺は繰り上げだけで上がったんだよ!
それの何がめでたいんだよ?」
ビビちゃんはハッとした顔をした。
「それに、犬田先輩が亡くなって、何がめでたいんだよ?」
ビビちゃんは、申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめん。そういうつもりじゃないの。
ごめんなさい。
ただ、私はあなたが頑張って来た姿を知ってるから、単純によかったなって思ってさ」
次に山村は、こう言った。
「君は、プロ野球の一軍選手のオンナに自分が自動的に昇格したことが嬉しいんだろ?
三軍の選手のオンナじゃ、誰にも自慢できないもんな?」
この言葉にビビちゃんは怒った。
ビビちゃんはケーキの乗ったお皿をキッチンに持って行ってしまった。
ビビちゃんはケーキを流しに捨てた。
キッチンの流しで、お皿を水でジャージャー流しながら、ビビちゃんは怒鳴った。
「そういう、性格が悪いというか、僻み根性があるから、だから、あなたはダメなのよ!!」
山村は、居間のテーブルに置いてあったビビちゃんの買って来たワインのコルクを荒々しく開けた。
山村はワインをグビグビ飲んだ。
ビビちゃんは、もう綺麗になったのにも関わらず、お皿をジャージャーと大きな音で流しながら、続けて叫んだ。
「だって、二軍の人だって、三軍の人だって、今だに一軍に行けない人もたくさんいるわけでしょ?
そんな中で選ばれたあなたは素晴らしいなって私は思っただけなのに。
あなたが今私に向かって言ったこと、ひどすぎない?」
山村は、一瞬、謝ろうかと思ったが、『だからあなたはダメなのよ』と言われたことが引っかかった。
腹が立って腹が立って、ビビちゃんに謝ることはできなかった。
さっきも球場に来ていたスポーツ新聞記者たちが、自分にとって気持ちのよくない噂をしているのをきいてしまったし。
『犬田や他の投手がいなくなってくれて、山村はよかったよな』
『ああ。じゃなきゃ、山村は来年あたりお払い箱のはずだった』

山村は、ワインの瓶をガン!と居間のテーブルの上に置いた。
そして立ち上がった。
そして居間の隣の部屋にあったビビちゃんの洋服ダンスをガサゴソし出した。
ビビちゃんは、タオルで濡れた手を拭きながらやってきた。
「何やってるの?」
山村はタンスを探し続けた。
ビビちゃんの家には、山村のスーツが一そろいと、パジャマ代わりにしているトレーナーの上下がしまってあったはずだった。
ビビちゃんは山村の動きをじっと見ていた。
山村は自分のスーツを見つけた。
「おお!俺のナンパ用のスーツだ!!」
ビビちゃんは怒りに震えながら言った。
「私こそ、お払い箱ってわけね?
一軍の自分にふさわしい、新しい一軍の女をナンパしにゆくのね?」
「なるほどね!それはいい考えだ」
そう言った山村は、しかし、トレーナーの方を掴むと着替えだした。
ビビちゃんは、キョトンとした。
山村はトレーナーを着ると言った。
「走ってくる」
山村は、夜の街にランニングをしに出かけて行った。
次回に続く
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