開発前の性の喜びは薄い
若い女子は何をやっていたとしても、実はそんなにエロくない
まあ人によってなんでしょうけど。
若いころのセックスがあまり意味がなかったかも・・・の話。
いや、意味はあったよ。でもセックスの喜びということにおいては、ちゃんと感じるようになったときと比べたら、なんと薄いものか。
暴言を吐くと、自分が超ドエロイ人間となった今では、あんなのやっていないのと同じ!と、言いきってもいい!と思っている。
そりゃ好きな人とキスしたら濡れたし、胸を触られたら気持ちよかったけど、そんなの開発された大人の女性の快感に比べたら、なんでもない。
快楽も背徳感もゾクゾクする喜びもうしろめたさも、なんもなかったのである。
いかに私が若いころにセックスに感じていなかったかの例として、性のことを父に平気で相談していたということがある。
私が新婚のときの話ですが。
仕事が忙しくて、ただでさえ毎日がクタクタなのに、毎晩夫に求められて疲れてもういやだ、どうしたらいい?と電話で父に相談していたのだ。
どしぇーっ!!でしょ?
ド馬鹿でしょ!!
タイムマシンで戻って若い自分を殴ってやりたいよ!
どうしてそんなことを父に平気で相談できたかというと、私がエッチに対して何にも感じていなかったからに他ならない証拠でしょう。
セックスとは快楽を伴うものだと自分が気づいていないから、恥ずかしげもなく平気で父に相談できるのだ。
えっ?夫婦ってセックスするものでしょ?そんなの父だって知ってるでしょ?隠すことじゃないし、相談して何が悪いの?
という感じだったのでしょう。
今だったらエッチの意味がよくわかっているからそんなこと親になんて相談できないでしょ。
お父さんは、「まあそういうこともあるねえ」と、言葉を濁してたけど、きっと困ってたろうなあ?
子供のころは怖い父だったけど、私が社会人になってからは、父とはいろんなことを(世間話や経済や政治も)長時間話す仲良しで、仕事の相談もよくしていたので、そういう相談の中の一つとして性のことも気軽に相談してしまったのだった。
よくある仲良し親子?友達親子の母と娘ならまだしも、若い娘が性生活を父に相談するな!
このエピからもいかに私がセックスの意味がわかっていなかったかということがうかがえる。
私は、20代ものすごくいろんな人とエッチをしたのだが、それは全然感じていなかったから平気でできたんだと、結婚後、ほどなくしてから気が付いた。
月に一人くらいのペースで、新しい人とエッチをしていたと思う。
必ず一回限りと決めていた。人数を増やすことが目的ではないのだが、なんかそうしたほうがいいと思っていた。
喜びを知ってからはできない暴挙だ。
喜びを知ったあとは、もしもセックスなんてしたら、好きじゃなかったのにセックスしたことによってその人のこと好きになっちゃって抜き差しならぬ大変なことになったらどうしよう!!ということが予測できて怖くてたまらなくなったから、そんなに無茶はできなくなった。
20代で平気でバンバンそういうことができたのは、私がセックスに対して喜びも罪悪感もなんもなかったからであろう。
しかも何人もとセックスをこなすことにおいては環境的に恵まれていて、当時、私の所属していた会社は、大変大きな会社で従業員が何万人もいた。
身元がちゃんとわかってて、人間的にも社会的にも優秀で安心で、絶対に他人にペラペラしゃべらない男性が身近にやまほどいたのだった。
また、若い女性の場合、こちらがしようと思えば、男性よりはるかに簡単にお相手を見つけられるし。
まさに無駄な食いまくり状態をしていました。
同じ部署の人とはしない。
仕事で今後、かかわりがあるであろう部署の人ともしない。
違う階の人とか同じフロアでも少し離れたところの人とか、違う支店の人とかを選んでセックスにのぞんだ。
お互い、身元がわかりあっている関係の場合、男の”口が堅い”という安心感もある。
若い男の場合、すごい仲のよい同期などにはぺらぺらしゃべられていたようだが、まさか上司や、やばい関係者には彼らは絶対に話さない。
自分も損するからね。
ある程度年齢のいった男性社員ならもっと絶対に誰にもしゃべらないでいてくれる。
同じ会社の人だったら私に対して乱暴なことも危ないことも絶対にしてこないであろう安心感もあった。
つまり数をこなすだけだったら、大企業の同じ会社の男性社員さんとセックスするという、これほど安心な相手はいない。
部署が違ったり仕事で関連がなければ、その後、会いたくなかった場合、会わないでもすむし。
あるいは、話したりはしなくてもいい。ふと、廊下であったときだけ、二人だけの秘密としてウィンクだけしたりするのも楽しいし。
ま、ときどき、信頼のおける取引先や、ライバル会社のよく知っている人ともやってしまったこともあるけど。
これも信頼のおける取引先がしゃべるわけないし、ライバル会社の人もライバル会社の女とやったなんて、関係者には口が裂けてもしゃべれないでしょ。まあ安心。
しかし、このころはセックスしてもあまり感じていなかったんだなと結婚後、ほど少ししてから気が付いた。
感じていないから、感じる相手を探してむさぼったのか?
それとも、のちの自分とは比べ物にならないが当時は当時でそこそこ気持ちよかったから、繰り返したのだろうか?
こんな恵まれた環境では、とりあえず、やっとかないと損だ!と私の中の何かがそうさせたのか?
なんなのか自分でもよくわからないけど。
でもその(黒?)歴史を消したいとは思わない。
ようは、自分がそんなに感じていなかったから、私には、そのころのことについて、背徳感も罪悪感も恥ずかしいという気持ちも今だにないのだ。
快楽がなかったからその裏返しの何かもないのだ!
悪いことしたとも、性欲におぼれたとも思ってないのだ。
まああまり意味のない時間を費やしていたなアホやなと、性の喜びを知った20代後半は思ったりもしたが、
いやいやいや、今になってみると、あれはあれでやっといてよかったよ。
絶対やっといてよかったよ。
経験をたくさん積まないと、開発されなかったのだとしたら、あれはあれで、まあやっといてよかったってことだ。
ましてや、私の場合、性欲まったくゼロ時代が40代で5、6年あったので、その間、いっさいセックスしていないので、人生トータルのセックス回数が他の人に比べて極端に少なくなってしまうでしょう。
だから内容が薄くても若い時にでもちゃんとたくさんやっといてよかったと思っているよ。
おかげでエピソードもいっぱいできたし。
旦那の出現でこの乱発時代は終わるのだが、旦那とも結婚前につきあっているときにも週一でホテルに行っていたが、このときもあまり感じていなかった。
心がしめる割合が大きかったからかね。
体の快楽があまりなくとも満足だったんだろうね。
結婚後、しばらくたつまで深い快楽をよくしらなかった。
つまりは、
女性器の外側の部分でいわゆる『いく』ということは、それまでもあったが
女性器の内側の部分で、絶頂を感じたのは、開発されたあとの結婚後ほどなくしてからだ。
(まどろっこしい言い方ですいません。あの二か所の部分、なんか口にするのがやなんですよね)
で、離婚してからは、数人の人と深くつきあったがこのころは私は快楽にややおぼれていた感じだった。
深くつきあった人と別れては、次の人と付き合うまでの間には一夜限りのセックスもちょいちょいと織り交ぜながら。
快楽を楽しんだ。
でも、この時代も今と比べたら、全然エロくなかったなあ。
うんうん。今の自分の感じ方に比べたらまだまだ感じてないなあ。欲が薄いよな。
まだまだ浅かったなあ。
しかし、離婚後、最後の深くつきあった人と別れてから、私はなんかこういう生活にあきて、もう十分やったから、もう一生、セックスしなくていいわ!と思い、そのあと数年間の無性欲時代に突入する。
(無性欲時代にもはずみでに一回だけ、旧知の人とやったけど。)
無性欲時代には、快楽はもういい、時間の無駄、人生の無駄、仕事の邪魔、もう一生しなくていいと思っていた。自慰行為さえしなかった。
しかし、今回、病気で子宮を摘出したとたん、突然、失われたエロイ気持ちが戻ってきたのだった。
しかも、以前の数倍の感じでめっちゃエロイ気持ちがわきあがってきたのだった。
人生で初めてちゃんと自慰行為をした。
ちゃんとというのは、私は手を使わずにうつ伏せで寝て、布団の上で腰を動かすという自慰行為は昔からしたことがあったが、自分の手でオナニーをするのは本年が初体験なのだった。手を使ったのは初めてだった。
ほんと。
自分のGスポットらしきものも初めてこの手で触った。
また、何を見てもエロい気持ちがわいてくる。
無性欲時代に断ってしまったお誘いをマジもったいなーいと繰り返し思い返すザマだ。
その前の時代にも無性欲時代にも、男性と二人で行った数々の仕事の出張のときも思い出す。
なぜあんなに冷静で仕事中心でいられたのか?
今だったら、『出張』の二文字だけにどえらい興奮しますよ。妄想できますよ。
そう。
私はこんな感じで極端から極端に走ってきたので。
なので、私は
性欲がないのっていう女性の気持ちもわかるし、性欲を嫌悪して否定する人の気持ちもわかるし、
逆に性欲におぼれる人の気持ちもわかるし、無駄なセックスを繰り返す人の気持ちもわかるつもりだし、
常にエロイことで頭がいっぱいのエロイ人の気持ちもわかるつもり。
わからないのは、経験ないのは
幸せな結婚生活を何十年も過ごしてきて、いまだに夫婦生活がある人。
なんて幸せなんだろうね。
年取った既婚者の男の人がよく「セックスが上手になるのは同じ人と長期間繰り返すのが一番だ」とおっしゃるのをきくんですけど、私もそう思う。本当にそう思う。ステキと思う。
大勢の人と数をこなした男性より、一人の妻を愛し続けた男性のほうがテクニックが上なんだって。
そう思う。人間関係。友達関係といっしょよ。
浅くいろんな友達と付き合うよりも、一人の深い親友がいたほうが、人間というもの本質、人間というものの全般がすっごくよく理解できるって。それといっしょよ。
ステキ~と思う。
10年以内で離婚してしまった私には、何十年も連れ添う相手というのは時間的にも、今後、もう一生、手に入らないものだが。
町を歩いていると50代くらいのちょっとだけジョギングかなんかが趣味っぽい、決して痩せてはいないが、脂肪と筋肉のいりまじったようなガッチリした短パン姿の中年男性を見ると、
うわー。いいなあセックスうまそう~とよだれを垂らしてしまう、今、スケベ満開の私なのでした。
昔の歌に
『♪まっしろいベンツのスポーツタイプは今なら似合うぜ!おいらに♪
♪びかびか新車を手に入れたときは
おいらの頭もピカピカさ♪
♪残った髪の毛 かきあげーて・・・・』
って歌があったのだが、まさにそう!!
女性は性欲を開発されるのに時間かかるんですよ!
性欲がようやくわいてきたと思ったら、もういろいろ試せない時期になってしまうという。
ていうか、子宮をとってから性欲が満開になるという。どういうこっちゃ。動物の子孫繁栄の本能に反しているではないか。

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