セックス要員の女

huugetu

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結局、セックス要員になっている私


花柄の下着の上に白い服をはおって股間を片手で触っている

母親は専業主婦で、昔堅気の父親は亭主関白だった。

私たち子供の教育方針でも、その他の家族全体のことでも何でも、父親に決定権があった。

母や他の家族の者が、父親に対して何か口応えをしようものなら、二言めには
「誰に飯を食わせてもらっていると思っているんだ!」
というのが父親の決まり文句だった。

そして母は父親の言いなりになる。

そんな母親が歯がゆい私だった。

あるとき、私は母親にひどいことを言ってしまった。
「専業主婦なんて売春婦と同じじゃないの?!
性処理要員じゃないのよ?!」

私は、それまで別にそんなこと考えたこともなかったのに、つい思いつきで、何でもいいので、母親に衝撃を与えられそうな言葉を言ってしまった。
「男にセックスをさせてあげる代わりに養ってもらって、何でも言うことをきくのってさ!!」

その日は何かについて、夫婦の意見が分かれ、珍しく母親が反論していた。
しかし、そのうちにとうとう父親が怒りだした。

父親が一方的に母親を怒り、ののしりはじめた。
そして反論することをやめた母親が、父親にペコペコ謝り、ご機嫌を取りだした姿を見た直後だった。

そのときに私は母親にそんな言葉を投げつけてしまった。

母親が、その私の言葉に何か返事をする前に、私は、それまでそばで黙っていただけだった姉にぶたれた。

姉は私を平手で叩くと言った。
「何てこと言うのよ!!ばか!!
お母さんが、お父さんや私たちのためにどんなにいろいろなことをしてくれていると思うの?
それにあなたの言い方は、主婦に対しても、売春婦さんに対しても失礼なものの言い方よ!」

姉は怒り心頭の顔で、私の腕をつかむと力強く揺さぶった。
「何もわかっていないくせに!!
謝りなさい!お母さんに謝りなさい!」

そのあとすぐに反省をして謝った私だったけど、心の根底にそんなような思いがあることは、ずっと消えなかった。

つまり私はお母さんみたいにはなりたくないという思いだ。

***

私は社会人になり、とある企業に入社した。

仕事の関係上、会社には、お得意先の御子息が縁故入社でたくさんいた。

ご両親が共働きで、一緒にご商売をなさっているおうちの御子息が、会社にはたくさん在籍していた。

夫婦で一緒に商売をしているおうちのお話は、私のうちのような母親が専業主婦の家とは異なり、私にとっては物珍しく大変おもしろかった。

彼女ら彼らから、御両親が力を合わせて仕事をするという素晴らしい話をきいているうちに、ますます私は自分の両親のような生き方をいやだと思うようになった。

私は会社でばりばり働いた。

将来、結婚自体は否定しないけれど、夫婦間では絶対にお財布は別、家事も完全に分担制、そういうことをOKしてくれるような人とじゃないと結婚しない!と私は決めていた。

何人か会社の男性とお付き合いしたが、結婚には至らなかった。

転勤の多い私の会社だった。

最初の彼には、彼の地方への転勤が決まった時にプロポーズをされた。
「ついてきてほしい」
と。

私は仕事が楽しくなっていた時期だったので、受け入れられなかった。

次の彼とは、遊んでいるときは楽しいが、家庭観など踏み込んだ話になると、かなり考え方が異なり、いつしかうまくいかなくなり別れてしまった。

その後、私は専務の秘書になってから、時間的にとても忙しくなり、また今まで以上に仕事に夢中になり、しばらく恋人は作らなかった。

****
そして、いつしか私は専務といけない関係になってしまった。

その日、ちょっと対外的にいろいろなことがあり、専務は大変お疲れだった。

いつもは部下に優しい専務が、部下にあたるある部長に、ヒステリックに電話で怒鳴りつけているのを私は見た。

私が専務の言動に驚いているのに気づくと、専務はハッとした。

私はすぐ目をそらし他の仕事に夢中になっているふりをした。

その夜だった。

私が帰るときに専務が私に近寄ってきた。

「今日は、みっともないところ見せちゃったな」

専務のその言葉に思わず私は微笑んでしまった。
そして私は首を振った。

その数日後だった。

その日、専務に夕食を御馳走になった私は、少しお酒が入ったこともあり
「私は専務をお癒しできるような人間になりたいです」
と言ってしまった。

その夜、私は専務とホテルに行った。

その後も、専務と私は、何か大きな仕事が終わるたびに、束の間の癒しの時間を過ごすようになった。

私は専務をそばで見ていて、いつもどんなに大変かをよく知っていた。

私は専務のお仕事のほんの少しのサポートしかできない。
本業の方では何も力になれない。
その分、苦労をねぎらい、微力ではあるが、全力でアフターファイブは(いや私たちの場合は、アフターファイブじゃないな?アフター・トエンティフォーのが多かったかも??)、専務をとにかく癒すことに私は力を注いだ。

私の本当の気持ちだった。

専務は最初の頃は私に『いつもご苦労様、今日は助かったよ。ありがとう』とお礼を言いながら、私を抱いた。

やがて専務が私を抱く時は『君は僕の安らぎだ。君がいてくれてよかった』と言った。

私も専務に必要とされることが嬉しかった。
身体を求められることがとても嬉しかった。

いつしか、私たちはお互い、なくてはならない関係になったと思う。

ベッドでは、専務はお疲れなのに、私の身体を丹念に愛撫してくれた。

乳房を大きな手で優しく包まれ、優しく揉まれた。

専務の手が動くと、手の平が時折、私の乳首をかする。

「あ・・・」
それを少し繰り返されると、もっともっとしてほしくなってしまう私だった。

専務が私の乳首を口に含み、舌で転がすと、私は身体をくねらせ声を出す。
「あん・・・うん・・・」

そして専務が、私の両脚を広げ、真ん中の部分に口をつけると私は、身体をひくつかせてしまう。
「あ!あ!・・・ああん」

たくさん股間を舐められ、吸われているうちに、一度私はイカされてしまう。

そのあとは、今度は私が専務の男性器を愛撫して差し上げる。

口いっぱいに専務の男性器を咥え、顔を動かしジュポジュポと専務のソコをすする。

「あ・・・う・・・」
私が口と顔を動かしつつ、専務の顔を上目遣いに盗み見ると、専務は昼間は見せないような顔を見せていた。

たっぷり私が専務の大きな男性器をすすったあと、いよいよ専務は私の中に入ってくる。

私の足首を持ち、大きく脚を開かせ、専務は腰を振る。

私の中で出し入れ出し入れする。

「あん!あん!あん!」
私は、もう声が止まらない。

専務の男性器が私の中を行ったり来たり、激しく擦りまわす。

「ああああん!」
私が身体をのたうちまわらせて、大きな声をあげたころ、専務は私の中に放出する。

******

しかしあるとき、私と専務との関係が社内の人にバレて、結果的に奥様にバレてしまった。

専務と私は別れることになった。

専務は社内的に少しだけ格下げになった。
今の担当の仕事は手放さずに済み、少しだけ俸給の減額があった。

私は奥様からも慰謝料を請求されることもなかったし、会社を首になることもなかった。

私は、他の役員の秘書に、横滑りで仕事を変えさせられただけだった。

私と専務のことは多くの社員は知ることもなく、専務への会社の処分は1か月分くらいの減給、私へは、ただのお叱りだけですんだ。


でも私は自ら会社を辞めた。

私は本当は慰謝料を請求されてもよかった。
会社からクビを言い渡されてもよかった。
みんなに私の悪事がばれて、ののしられてもよかった。

それより、専務とずっとこの関係を続けたかった。
専務には、奥様や会社を捨ててでも、私との関係を続けてほしかった。

会社勤めをやめた私には、心の傷を癒す時間が必要だった。

私は貯金で1年ほどぶらぶらすることにした。
そして、忙しい会社勤め中にはなかなかできなかったことをいろいろやってみた。

毎日、朝も昼も好きなだけジョギングをして、何キロも走った。
そして市民が参加できるフルマラソン大会に出てみたりした。

他、ずっと行きたかったお料理教室に通って、料理を習ったりした。

1年ほど好きなことをしたあと、私はそろそろまた働かなければならないと思った。

でも、もう以前のような仕事は嫌だった。
何か黙々と身体を動かす仕事がよいと私は思った。

工事現場作業員、宅急便配達などに私はとても興味を持ったが、どう考えてもアラフォー寄りのアラサーの女の私には、今更そのような仕事は無理なように思えた。

他、何があるだろう?

考えた挙句に、私は家政婦という職業に目をつけた。

お掃除は元来、得意で大好きだ。
料理も浪人中(?)に教室に通って散々勉強したし、普通の家庭料理であれば、何でも作れるようになっていた。
家政婦業という職業は私にぴったりではないか?

私は家政婦紹介所に登録をした。

****

そして今、あるご家庭に週三で通っている私は、そこの旦那様と親密な関係になってしまった。

私の家政婦の仕事は月、水、金の3日間、9時から17時までなのだが、私はそれ以外の時間も旦那様と過ごすようになった。

そのご家庭は、旦那様以上にお仕事のお忙しい奥様がいた。

そして社交的付き合いは、旦那様より数倍お忙しそうな奥様だった。
また、夜中遊び回って、めったに旦那様とお顔を合わせない大学生のお子様二人がいた。

旦那様はなんだかいつも寂しそうだった。

あるときから、私は旦那様のお誘いにちゅうちょなく応えるようになった。

旦那様にお誘いされる前からも、いつしか私は、旦那様の癒しや励ましの存在になって差し上げたいと思っていたのは本当だった。

今、家政婦の週3の仕事以外に旦那様に週2回抱かれることがルーティーンになった私だった。

旦那様とは、ホテルで大きな声を出しながら出し入れされることもあったし、ご家族がご不在のときは、旦那様のおうちで声を抑えつつ、出し入れされることもあった。

-----終わり--------------


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